フィリピンのバランガイという単位

2012 年 4 月 7 日 コメントはありません

フィリピンは、たまたまボホール島へ旅行したときに女性と知り合って結婚したことから、深く関わることになった。
それまでフィリピンのことは伝聞したことしから知らなかったが、いろいろな本を読んで一番面白いのは「フィリピン人」という人たち。フィリピンのことを紹介してくださったelm200さん、ありがとう。

■「現代フィリピンを知るための61章」感想

http://d.hatena.ne.jp/elm200/20120407/1333746315

私も一つ話題を提供。

フィリピンについて、少し知ると「バランガイ」という言葉を耳にします。

これは、日本で言うと部落組織の単位のようなものです。○○町△△ の△△に相当するものです。
世帯にして20~50軒ぐらいで人口では100~300人ぐらいかな。

もともとは、マレー系の移民が一つの船団を組んでフィリピンに移民しました。
その船団の単位が、バランガイだそうです。その名残で、部落単位やマニラの都市部でもバランガイという名称が残っています。元々は1つの親戚か複数の親戚から構成されていますが、都市部もまた同じ地方出身者の集まりであることも多いです。

この親族、同族組織はかなり強いものがあって、親族は信用するが他の親族は敵対とまではいわないけれど信用しない。
同じ同族ならば、経済的扶助をするという考えがあります。

これには辟易しました。わずかな収入しかない私に、妻の親族が全て頼ってきますから。
今の時代はさすがに世帯単位になってきていますが、習慣的に根付いていてこればっかりはフィリピンのことが嫌になります。

Facebookに旅行の写真を載せると、「あのかばん素敵ね。ちょうだい。」「あの靴いいね。もしよかったら送って。」「今度フィリピンに帰るときは、おみやげお願いね。」とか軽い気持ちでメッセージを投げてきます。妻に尋ねると「半分本気で、半分冗談。もしもらえたらラッキーぐらいの気持ち」と挨拶代わりにいうそうです。

でも、苦しい時でも明るく前向きで笑を絶やさず。目がぱっちりでかわいい人が多いので、人は好きなんですけれど。

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未踏カンファレンスで刺激を受けて考えたこと

2012 年 3 月 11 日 コメントはありません

3/10の み・とうの日に、渋谷にあるmixiさんの会社にて、未踏カンファレンスへ行ってきました。


Live Video app for Facebook by Ustream

最初は、ソニーコンピューターラボにいるAIを研究してきてPMだった、北野宏明さんの講演。
起業している方のパネルディスカッションでは、芸者東京の田中社長のキャラが強烈でした。
そして、いろいろな人の開発内容をLTで話してくれ、最後はビュッフェ形式の懇親会でした。
mixiを始めとするいろいろな理解ある企業がスポンサーになってくれて、懇親会を含めて無料で参加させていただくことができました。
ありがとうございます。

講演会では北野宏明さんが
ドバイやナミビアや、カナダ?などへ行っていて、その写真を使っていろいろ話をしてくれました。

印象に残った言葉は、

「10%を変えるよりも10倍変える方が楽なこともある。」

彼が未踏でプロジェクトを採択するときに、世の中を変えることのできそうなものを選んでいたと思います。

10%を変えるには工夫したり、効率を良くすれば変えることが可能かもしれません。
でも10倍変えるためには、仕組みそのものの再構築が必要で、革命的なものかもしれません。

既存のものを木っ端微塵に破壊尽くすものです。
真空管がトランジスタに変わったように、トランジスタがICに変わったように。
実現させようとすることは同じですが、まったく仕組みが異なります。
その流れは電力やコストの削減やコンパクトさから始まって、社会を一変させました。

お金を稼ぐためには、1歩前か半歩前で10%ぐらいの変化を起こすのが、技術主体の企業はビジネスしやすいと思っています。あまり先進的すぎると人々の理解は得られないからです。

でも技術に関して言えば、ITの世界はドッグイヤーなので変化は激しいから本当はどんどん先へ進めるぐらいがいいかもしれません。進み難いのも技術的な壁がたくさんあるからです。

Palmscapeを開発した奥さんやLunascapeを開発した近藤さんがいらっしゃいましたが、いまブラウザを開発するとしたらそんなに大変ではない気がします。一番面倒なWebViewを見せるエンジンは、オープンソースで公開されていますから。ただPalmscapeを作った当初は、それらのライブラリを自力でつくらないといけないし、HTMLのやり取りの部分も自力でつくらなければいけなかったと思います。

いまはオープンソースという高速道路に乗れば、目的地まですぐ近いところまで来ているかもしれません。

でも、高速道路のないところは、未開を開いて道をつくり、たくさん人が集まってくれば高速道路も作ることができるというそんな世界かもしれないと思いました。

Googleの次世代プロジェクトも、次のターゲットは何だろうかと検討しているようでした。
HUGE & RADICAL & BREAKTHROUGH
大規模 & 大きな変化 & 壁を乗り越える ものは何だ!?

もう一つの印象に残った言葉は、

「ブランドやアートは高い評価がされるが、ソフトウェアは安い評価をされる。」

別の言い方をすると、ソフトウェアはクリエイティブ価値を見出されにくい。

ブランドでもアートでも共感する人がいればお客さんになる可能性があります。それは才能があることが前提で、地道な忍耐を伴った努力の上に、最後は運が必要だと思います。
でも、見たり、聞いたりするだけで、共感を得られることもあるので、ハードルは低そう。

クリエイティブなソフトウェアは右脳的につくるものだと思いますが、使う方はロジカルに使うことが多く左脳的に捉えるので、低い評価をされるのではないかと思います。

未踏でもアートとソフトのコラボを積極的に採用してきたのは、そんなことがあったのではないかと思います。
でも批判的にいえば、素人のやるアートとのコラボでは、本物ではない気がします。

他にもいろいろと思うことがあり、頭の中は充実感いっぱいで、まだいろいろなものが整理されていない状態なので、また次の機会に。

#よく考えたら、いい年をしてこんなことをよくやっているなw。高校生の娘がいますが、気持ちは20代です(縛)

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[本]ハイ・コンセプト

2012 年 3 月 5 日 コメントはありません

2005年前に出版されたこの本は、今の時代の悩みを予言したような本だ。
世界がフラットになって、先進国でされていた第一次産業、第2次産業は、中国やインド、東南アジアなど労働コストの安いところへ移っていった。
そのとき、先進国に住んでいる人はどうやって生きるべきだろうか?

彼らの国と同じような仕事をしていても、前と同じような収入を得ることはできない。
もっと付加価値のある仕事か、生産性の高いことをしなくてはいけない。
とはいえ、それにも限界があるので、右脳を使った仕事をする。
コミニュケーション力を高める、デザインを伴った仕事をしていかなくてはいけない。

というのがこの本の趣旨である。

私が思うに、それは必要条件であって、十分条件ではない。

コミュニケーションを高めても、デザインを良くしても、それが10倍の労働コストを埋めることはできそうもない。
コミュニケーションを高めて効率を良くしても、生産性は2倍にもならないと思う。
デザインを良くしても、2倍の価値を生むとも思えない。ブランド品だったら革製品や化粧品を原価の10倍で売ることも可能かもしれないが、それは全てにおいて可能だろうか?野菜や肉を品質がいいものだとしても、いつも神戸牛を食べるだろうか?安い肉で牛丼を食べたいということもあるだろう。

世界がフラットになってどうなるかは、水は低いところに流れるようにだんだんと平坦になっていくことは避けられない。
私たちの報酬は下がっていき、発展途上国の人々の収入は上がっていく。同じ仕事をしている限りだんだんと同じになっていくだろう。
自動車修理工の収入は同じ技術ならば同じ程度の収入になっていくだろう。

それを前提として、国の障壁のあるところで荒稼ぎをしている人を排除して、宗教や文化を守るところは守り、ソフトランディングをしていくことが政治だと思う。

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ゴラン高原のクナイトラ

2012 年 2 月 16 日 コメント 1 件

いま、シリアでは内戦が起きていますが、若い頃に1ヶ月間旅行していました。

その中でもショックだったのは、ゴラン高原の戦争跡です。1966年頃に第3次中東戦争が起きたと思いますが、そのときにシリアのクナイトラという町は以下のように壊滅的な破壊を受けました。1987年に訪れた20年ほど経ってもそのままです。

さらに20年以上経っても、そのままです。

世界中に廃棄された町がありますが、町の人々が殺されて、そのまま廃墟になった町。
1987年にシリア軍の情報将校に案内されて行きましたが、当時5万人ほど住んでいましたがそのときは5人が住んでいるだけ。

シリア軍とイスラエル軍が差し向かい。真ん中に国連軍が仲介しているとか。
「シリアの花嫁」という映画もこのあたりを舞台とした映画だと思います。
http://www.bitters.co.jp/hanayome/

私は、東日本大震災が起きたとき驚きましたが、若い時にこの街を訪れたのでそのときに感情の一部が飛んだせいか、さほど悲しみを感じませんでした。

いまも、内戦がおきているところですが、シリアのアレッポ、ハマス、パルミラなどの素敵なまちを紹介します。

内戦後も、綺麗なところであるといいのですけれど。
こちらに美しい写真があります。
http://francona.com/travels/syria/

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FXはギャンブルだ

2012 年 2 月 12 日 コメントはありません

ちょっとだけ、FXを始めてみた。

株の売買は30年ぐらいやっているので、FXは興味はなかった。

株価は短期では人気先行のところもあるけれど、中長期的には企業の業績とリンクしている。
いろいろな会社があって、伸びる会社やダメな会社などがたくさんあって、選択の幅が広い。
株の種類は上場している企業の数だけあるし、売買するタイミングも選べる。

FXはドル/ユーロ/円の為替相場で通貨を売買するものだから、選択の種類が少なく売買するタイミングだけの投資の幅となる。
日本がアメリカと比べてどうなのかということだ。
だが株もFXも短期的な売買は、国の力は判断基準とはならない。
瞬間的に、その企業か国が好意をもつか、持たなくなるかということだ。

株の価格も、必ずしも企業の業績とリンクしているわけではない。美人投票とおなじようなところがあって、みんなが良くなると思えば株価は上がり、そうでないと思えば株価は下がる。みんながどう思うかという点に尽きる。

やがて、みんなが美人だと思うようになるけれど、今のところはあまり評価されていないという会社の株を買うのが、通常の投資だ。

短期的には、それを一瞬一瞬、相対的に美人になったり、ブスになったりするのを予測するだけだ。

FXの場合は、$1=77円だとすると、$1を買ったり売ったりしても相場的には1円か2円が上がり下がりするだけなので、儲けも損もほとんどないので例えば1万ドル単位で行う。
すると、1万ドルは77万円ぐらいとなる。それで$1につき77円が78円になれば、1万円の利益となる。
それでやっと、1万円ぐらいの上下になって投機(ギャンブル)感が増す。

ただ77万円を用意しなければギャンブルに参加できないよというと、株の売買をしている人は別として、ほとんどのギャンブラーはこのギャンブルに参加できないだろう。

そこで、FXは信用取引をすることができる。レバレッジ率100倍だとすれば、1万ドル=87万円の売買をするのに、8700円があればいい。
ただ$1につき1円が下がってしまうと、この8700円は一瞬に消えてしまう。

金額を大きくすることと、レバレッジ率を上げることでギャンブル性が増す。

もう10年以上前だと思うが、ユーロを1万ユーロ外貨貯金をしたことがあった
たしか1ユーロが120円ぐらいだったときで、数年経ったら140円ぐらいになっていた。
20万円ほどの利益は出たのだが、為替レートでは売値が140円で買値が142円となっていた。
この差は手数料みたいなもので、手数料で2万円ぐらいとるのかと思った。
たぶん、私達が銀行で為替を交換したあとで、銀行が為替を交換するタイミングの差で損をしないように差をつけているのだと思うが、ちょっと高い。

FXはこの手数料に相当する売値と買値の差がほとんどない。
$1=77.53円がドルの売値だとすれば、買値は77.54円。0.01円=1銭の差しかない。
1銭上がれば、手数料はかからないということになる。

ユーロやオーストラリアドルなど、ドルに比べて若干売買の数が少いものは0.02円の差。他の通貨はだんだんと差が広がっていく。

株は買いたい金額と売りたい金額が一致した時に株価が決まるので、そういった差はないから手数料だけかかるということになる。
今のようなインターネット証券になる前は、売るときと買う時でそれぞれ1%ぐらい手数料や税金がかかっていた。
だから、2%あがらないと儲からないということだった。

インターネット証券になって、株価の手数料が0.1%以下になった。100万円の売買をしても1000円以下の手数料。だから頻繁に売買しても手数料は昔よりも負担にならなくなった。それゆえ、昔よりも株を売買する人が増えて、売買する数も増えた。

FXは1万ドルの相場だと、一銭が動けば100円が上がったり下がったりする。1日で1円が動けば、1万円の上下がする。
円がドルに対して、上がるか下がるかというのは短期的にはほとんどわからない。

為替チャートのカーブを見ながら、このカーブでは上がるかな、いやここで踏みとどまって下がるだろうという判断をする。

ただ実際にはカオス的な動きをするので、予測がつかない。 ギャンブルなんだ。

ギャンブルはショバ代を引いた分が期待値なので、最後には損をする仕組みになっている。
ただ短期的には、運に左右されて、大儲けする奴もいれば、大損する奴もいる。
人は、そういった運に任せるというのが好きなんだろう。

しかもショバ代が少いので、競馬・競輪・競艇などの公営ギャンブルや宝くじ、パチンコに比べれば、ずっといい。
ギャンブルとしては、為替相場に参加しているという、大見得を切ることもできる。

数字を見ているだけなので、投機の対象に具体性はかける。それが、競馬・競輪・競艇、パチンコと違うところだ。
ただその分、ショバ代は安くなっている。
ショバ代は、システムのインフラと会社の社員の給料に相当するものだろう。ただFXのどの会社でも同じ事をやっているから差別化しにくいので、ショバ代は競争で安くなっている。

実際にFXをちょっとやってみたら、PCやiPhoneの操作画面が簡単に売買できるように工夫されていて、ギャンブル性は高いと感じた。
簡単に数千円、数万円のギャンブルができる。
手軽さでハマるのではと思う。

私は中長期的(2週間〜2年)な投機の方が好きなので、FXも短期的(1〜2日)な売買はあまりしないと思います。
ユーロは中期的には、ギリシャやイタリアなどの問題で下がる傾向があると思います。
円は長期的には下がる傾向が出てくると思います。

自分で思うだけではしょうがないので、実際にFXを使って予測があたるかどうかを確かめるために投機してみました。

株価は、日本の企業が元気が無く低い所で上がったり下がったりしているだけなので、ヤル気がなくなっってきました。

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