自己紹介

selfportrait

10歳のときまでは成績は普通でした。周りの子どもが塾へ行っていたり、家で勉強していると聞いて目覚めました。
先生の話を聞くより自分で本を読んだほうが早いことに気づきました。算数・数学は小学校5年の頃から先生の話をあまり聞かず自分で本を読んで学びました。

中学入ってからは、数学の本を一学期で一年分を終え、ノートは取らず頭の中で計算して答えを本に書きこみました。理科は物理を除いて記憶量が足らず、他の教科も記憶できなかったので、なくなくノートを取りました。
それでも成績は学年で10番以内に入れなかった。
スポーツは中1の時身体が大きい方だったのでバスケ部に入ったのですが、集団生活に馴染めずやめました。

反抗期で大人が汚く見えて、世の中の規律が全て嫌でした。その世の中のこと全て疑うという態度に出ましたが、それでも中学校に通っている自分は嫌でした。もうちょっと学ぶための地位としてそれを利用している自分が嫌でした。

学校の授業をまともに受けずにいたのですが、成績だけは良かった。学校教育が無意味だということを証明したかったせめてもの反抗でした。通知表は良かったのですが、事業態度が悪かったので、成績が5から4を取ることもありました。でも先生の中には見方もいたので、ひどすぎる成績になることはありませんでした。いまの絶対評価システムだったら、1か2ばかりだったかもしれません。

中3の後半になって成績のいい友だちから勉強方法を聞き出しました。教科書を全部暗記すればいいんだよと。英語と社会は教科書の内容と副教材、国語は問題集の問題と答。テスト前にほぼ全部暗記したら、5番がとれました。時間がもうちょっとあればトップがとれたかもしれません。成績のいい人はどちらかというとパッとしない人が多かったので、劣等感が勉強に走らせているかもしれないと思いました。

高校に入る前が一番勉強したかもしれません。全国の難関私立高校入試の問題集を寝るときと食事以外は、それに取り組んでいました。そのとき井の中の蛙であることがわかりました。「高校への数学」という本もほとんど歯が立たなかったです。

高校は自宅から1時間弱の遠い、県下の進学校に行きました。ちょっとは変わった体験ができるかなと思いましたが、優秀な人が少しいるだけの中学校と同じような組織であることに幻滅しました。

さすがに高校では中学校と同じような自分で学ぶスタイルは続けることはできませんでした。数学や理科も先生の話を聞かなくてはいけないと思いましたし、世界が広がりました。でも数学と理科(物理と化学)はトップを通したと思います。英語、国語、社会はひどかった。地理は好きだったので良かったのですが、その後世界1周するときに役立ちました。

周りに将来のことを話し合える人がいなかったので(学校の先生は先生という職業を目指していることが多いので、本当のことはわからない)、本を沢山読みました。科学者になるのが一番いいかと思って、サイエンスという月刊誌を中学3年のときから毎月最初から最後まで読みました。哲学書も、デカルト、スピノザ、ニュートン、ライプニッツ、ショーペンハウエル、モンテスキュー、トライしました。難しいし、時代背景も違うため、なかなか喉に通らなかった。「第二の性」という本は女性のことを知りたくてじっくり読んだのを覚えています。

数学は得意でしたが、パスカルやアーベルなどの歴史上の数学の天才ではないと思っていたし、パズルを解くことだけに興味があることを自覚していました。新しい数学の分野を切り開くことの才覚も興味もないと思いましたが、大学は数学者になることを考えていませんでした。親戚を見ても学者筋はいませんから。それで医者になって、人間というものを解明したいと思いました。

中学校の成績の伸びを考えれば、京都大学の医学部に入ることは難しくないと。。。でも数学はともかく、総合的な力をつけることができず、諦めてしまいます。それでも国公立の医学部に入って医者になれば、人間というものを見ることができるかなと思いまして、一浪しても医学部を目指しましたが、最後は諦めてしまいました。

その後、京都大学の医学部生に会いましたが、頭の回転の良さなど質的な違いを感じましたね。天才というわけではないですが、小学校の頃からの進学塾で培われたものを感じました。私のような自分だけでなんとかしようという限界を感じました。研究者としては負けないと思うのですけれど。

高校1年生のとき買ったパズルの本で、知能指数が高い集団メンサ(MENSA)というのを知りました。知能指数が140以上でないと入れません。そこに入れば面白いことがあるのではと思いましたが、試験が1万円以上かかるのでやめました。受かるかどうかわからないのに、大金は払えません。

そのパズルは、発想が全く違うことに驚きました。従来のパズルの延長線上ではないのです。問題を解くよりは、それを創りだしたのはすごいと思いました。

世界に5人は自分と同じ顔をした人がいるといいますが、オーストラリアに亡命した元中国外交官 陳用林氏に似ているらしいです。子どもがそっくりと言いました。私は純粋な日本人ですが、日本人というよりも、上海人とか韓国人とか、妻とは夫婦というよりも兄弟?とも言われたこともあるのでフィリピン人?という無国籍人の風貌なのかしらん(チベット人?と言われたり、インドではビルマ系の人かとも言われた)。

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